一生旅行生活してえ

旅行とか写真とか。たまには自己研鑽。一生旅行生活してえ。

「カメラを止めるな!」ネタバレレビュー~これを見ないで平成最後の夏は終われない。~

このブログでは映画レビューなんぞするつもりはないし、そもそも自分もそんな映画を頻繁に見るような人間ではない(年2~3本程度)ので、偉そうに語れるほどの知見があるわけでもないが、あまりに衝撃的であり最高の作品であったため、思わず感想を書きたくなってしまった次第である!!

なお、以下からはネタバレ満載で記載するので、未視聴の人は今すぐ映画館へ行くべし!!!! 

作品との出会い

この作品は今ほど話題になる前からすでに存在は知っていた。といっても、「俺、ブームになる前から知ってたんだぜ~~www」と、あたかも自分に先見性があるかのようなことを言いたいわけではなく、大好きな番組「5時に夢中!」の木曜日月1コーナーである「中瀬親方エンタメ番付」にて紹介されていたのを記憶していただけであった。

このコーナーで紹介される作品は映画に限らず、小説や漫画なども対象にはなるが、どれもこれも外れがない。さすが出版社の人間が選ぶだけあって、非常に信頼のおける紹介コーナーである。とはいえ、人間には好き嫌いがあるもので、さすがに自分にとって興味ない分野の紹介については、ほぼスルーしていたのだが。

そんな中で紹介された「カメラを止めるな!」。紹介を見たときは「ゾンビもの」という印象が大きく、自分としてはどちらかというと興味が沸かない、スルーしてしまう方に分類をしてしまった。そのため、特にそこから映画館へ足を運ぶこともなく、月日が流れていった…

そこからおよそ1ヶ月後である。この映画作品が何やら超大ヒットして日本中で公開され、連日テレビやらネットニュースやらで取り上げられているではないか!!多分エンタメ番付直後に映画見てたら、少しは「俺は既に知っているんだぜ~www」と通ぶれたかもしれない。

ネタバレ感想

ネタを知った上で見るのは絶対NGということを聞いていたので、事前情報は一切仕入れずに映画館へと向かった。当然youtubeに上がっている予告編も見ていない。公式サイトのあらすじも読んでいない。極力ノイズを除去した状態でいざ、本編へと進んだ…

まずは、ヒロインがゾンビに襲われるシーンの撮影箇所。怒鳴りつける監督が、迫力あるというかもはや狂気じみていて、「いくらなんでもここまで怒ることは無いでしょ…」と内申ヒヤヒヤしている自分がいた。今思うとこの時点で自分はまんまとこの映画の罠にハマってしまっていたのだ!開始わずか1~2分の出来事である。

そして休憩中に主人公・ヒロイン・メイク役の3人で施設の話をするシーン。よくわからん趣味の話だったり、時折訪れる妙な演技…「こういう演出?それとも無名役者ゆえこうなってしまっているとか?」そんな邪推をした人はおそらく自分だけではないだろう。

その後は地面に置かれたように固定されるカメラやら、ずっとヒロインばかり写す惨殺シーン、最後の主人公がゾンビ化して襲いかかろうとする間にもなぜか入る3回ほどのストップ。なんかところどころにもやもやするものが心にある。

その一方で、この映画が冒頭からワンカットで繋いでいることに気づいている自分もいた。「なるほど、ワンカットで撮っていくにあたって生じた多少の違和感は妥協したのかな?」
→答えは大ハズレするわけだが。

普段ゾンビものを見ないので、ゾンビものとしてのクオリティについてはなんとも言えないが、少なくともこれだけでは「日本中で大ブーム!」と言えるほどおもしろい作品だとは思えない。ワンカットでずっと繋いでいるのはすごいと思ったが、噂の真相は本当にそれだけ?

と、そう思っていると冒頭37分のONE CUT OF THE DEADはめでたく幕を閉じ、物語は第二部へと移った。あ、やっぱり続きがあるのね。

第二部は一番感情移入をせざるを得ない内容であった。

映画監督に限らず、ディレクション・マネジメント系の仕事をしている人はかなり共感できる内容だったのではないだろうか。適用に仕事を降ってくる発注元、全然足りてない納期・コスト、意識の低い、いやそれどころか組織の和を乱しかねないメンバー。さすがにこれは映画として大きく脚色されているが、実際こういうことに近い経験を持っている人は少なくないはずだ。あぁ、どこの業界も同じなのだなぁ。

そして関係各社からの利害関係を調整しきれず、声の大きい人に押されてしまい、人の意見に流されて妥協してしまう監督。監督業というものはかくも辛いものか。莫大な資金を投入し、スター俳優を起用し、宣伝を打ちまくっても失敗する映画というのはこうして作られてしまうのだなぁと思って見てしまった。

「目薬は使っちゃだめ!本当の演技をして!」と声を荒げる娘。いるいるこういう奴。クオリティの優先順位付ができず、コスト・納期を度外視して何でもかんでもいいものを求めてしまう奴。

「ゾンビって斧振り回すんすか?」と疑問を呈する俳優。いるいるこういう奴。「自分の中のあるべき論」しか提示できず、相手の考えに合わせることができない頭の固い奴。そしてろくな代案も提案できない。

「私はやりたんですけど、事務所的にNGなんで」と責任回避する女優。いるいるこういう奴。"自分はやりたい"とか言っておいて、絶対本音は"自分はやりたくない"。しかも虎の威(?)を借りて、それは第三者に起因するものと言い張る奴。

「硬水飲めないってメールしましたよね?見てないんですか?」と詰めよる音声役。いるいるこういう奴。ちょっと自分の立場が強くなると一方的に威嚇してマウントしようとする奴。

おっと、ついうっかり自分の愚痴も混ざってしまってしまった。話を戻そう。

個性強すぎる人間のコントロール、納期1ヶ月、失敗できない生放送ワンカット、監督にはかなりの重荷のはずである。そりゃ夜な夜な泣きながら酒も飲みたくなるわ。まぁ監督は監督でリーダーシップが弱すぎるんじゃね?というのもあるけど。

ただ、この2部を終えても「すごい作品!超面白い!」とは正直思えていなかった。おそらく日本中の大半の人がそう思っただろう。

というわけでいよいよ迎えた本番。第三部。ネタバレ開始である。

交通事故で急遽来れなくなった俳優。13時生放送スタートでそのことが判明するのは11時。代役として急遽選ばれる、日暮監督とその妻。あのキャスティングはここで決まったのか。

そしていよいよ生放送スタート。…ネタバレ前提としているのでここから先はもう詳しい説明は不要だろう。冒頭の主人公がゾンビに襲われるシーン。「カット!」の声とともに俳優たちを怒鳴りつける監督。冒頭では「なんでこんなに怒鳴るんだ・・・」と思っていたものだが、第二部を経て「そりゃ怒鳴りたくもなるわ」と。これを機に会場は爆笑の渦に巻き込まれていくのである。

ここから次々と解明していく妙な間、妙な演技の理由。別に無名役者だからそうなったのではなく、これは本当に「妙な間を作らざるを得ない、妙な演技をせざるを得ない状況に陥っている」という演出だったとは!!してやられた自分がそこにいた。

改めて思うと、冒頭37分のワンカットの演技の中でも、「違和感を出さない箇所はきちんと出さない」ことが徹底されていたように思える。例えば安全確認した後に携帯の電波を探すシーン。安全確認箇所の不自然さが一気に消えて、台本に戻った(→違和感が消えた)ことが象徴されたシーンだと思うが、安全確認の不自然さを引っ張ってしまうとそのコントラストが台無しになってしまう。ワンカットの中での切り分けを見事に演じた場面だったと、実感した。

加えて、第二部では「なんだこいつら?」と思った個性が強すぎるキャラクター達。酒に溺れて傀儡と化したカメラマン役、硬水飲んで腹を下す録音役、我が強すぎる娘、暴走するメイク役、作品より番組優先のプロデューサー、そして次々と怒るハプニングに対して「カメラは止めない!」とカメラ目線で高らかに宣言する監督、ネタバラシが進んでいくに連れてもうみんな大好き。

最後の最後で必死に作る組体操。役者だけではなく、ちゃっかりプロデューサーもあのメンバーに混ざっているのが滑稽でたまらないとともに、「みんなで作り上げる一体感」が滲み出ており、こういうところが邦画ならではというか、邦画の良さなのかなぁと素人ながらに感銘を受けてしまった。

こうして、エンディングを迎えるわけだが、エンディングテーマ、どっからどう聞いてもジャクソン5の"I want you back"にしか聞こえない

www.youtube.com

主題歌の「Keep Rolling」のMVがyoutubeに上がっていないので比較はできないが、イントロのピアノのグリッサンド、ギターのカッティング、ベースのリフ、もろパクリじゃねーか!!!い、いや、これはオマージュ・・・と言いたいところだが、特にオマージュしなければいけない理由も見当たらないので、やはりこれはパクっているとしか思えない!まぁ、パクったからなんだという話だが。

あとがき

映画にしろ何にしろ、友人等から「めっちゃ面白いから!!」と言われて勧められてしまうと、かえってハードルがあがって「期待はずれだった・・・」となってしまう現象は誰にでも経験があるだろう。しかし、この作品のポイントは、そのハードルがあればあるほど、冒頭37分の違和感がより強く引き出されるスパイスなのだ!!冒頭37分を見ながら「なんでこんな違和感ある作品があれだけ人気なのか?もしかして自分の感覚がおかしいのか?」そういう思いがあればあるほど、後半のネタバラシが強烈に効いてくる。なんとうまい仕掛けだろう。

三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」に通ずるものがあるなと、この映画を見て思った人は多分自分だけでは無いだろう。こういう「巧い作り」というか、不整合となる要素がからくりじかけのように整合していく、そういう工夫を凝らして緻密な作品に仕上げるおもしろさは、邦画ならではなのかもしれない。