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【2020年】7月6日:実は若者って別に選挙行かなくてもいいんじゃね?

都知事選があったので選挙ネタを。「実は若者って別に選挙行かなくてもいいんじゃね?」というタイトルにしているが、別に「行くな」と言いたいわけではなく、もちろん、若者も積極的に選挙に行くのはいい事だとは思っている。

ただ、世の中「若者はもっと選挙に行こう!」みたいなことを言ってそれで満足している節があるので、そのあたりに疑問を呈したいなというのがこの趣旨である。

 都知事に小池氏再選

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若者が選挙に行かなくてもいいんじゃね?と思う理由

よくある「行政は若者をケアする政策を全然しない!だから若者は選挙に行くべきだ!」という命題に対して考えてみる。

まず、若者の定義をここでは選挙権のある10代、20代、30代とする。この場合、単純に考えて「10代20代30代 VS 40代50代60代70代下手すると追加で80代90代…」という構図になるので、若者の方がそれ以外の年齢層よりも人数比率が低いのは極々当たり前のことである。(10代でもそのうち選挙権があるのは18歳以上なのでなおさらだ。)この対比構造にて若者層が対等の人数となるのは、医療が全然発達してなくて若い人ばかりが溢れているような、ごく一部の国だけである。

これにより、投票数稼ぎとかそれ以前に、単純に人口比率的に40代~の層が社会での多数を占めるので、功利主義的な最大多数の幸福を求めていくとその層に対して有効な施策を打つことになっていく。そのため、「行政は若者をケアする政策を全然しない!」という主張が虚しくこだましている状況は、そりゃそうでしょうねというレベルの話になる。

というわけでこの状況を鑑みると単純に「若者の投票率をあげよう!」というのはあまり意味がない。若者の投票率が上がったところで、それ以外の大多数派により選ばれる可能性の方が高いのである。このあたりは過去に西村博之氏が色々主張しているので、詳細はそちらも参照すると良いだろう。

「いや、そうはいっても若者の投票率が上がれば、その票を獲得するためにも若者に向けた政策をするようになるだろう!」という主張についても、それはそれで一理正しいとは思うのだが、他方でそういう人たちは、票集めを主目的にして若者向けの政策を打つ政治家に、日本の将来を託すことになるということを認識しているのだろうか?おそらくそういう状況で選ばれる場合は、目先の票集めのための短期的な政策にとどまり、中長期的な日本の成長を見据えた政策を打つことはできない。なお、高齢者向けの票集めであれば、投票者たちは後先短い命なので短期的な施策でも別に問題ないだろう。

※票集めの短期的な施策自体を否定しているわけではない。選挙というゲームである以上、票集めをする戦略を取らざるを得ないが、その票集めという戦略に適合するために若者の投票率を集める動きをしてしまっても、本来的に望ましい施策が打てるとは限らないのでは?という疑問を呈したいのである。

じゃあどうすればいいのか?

色々上記で述べたが、最初に記載したとおり別に「若者は選挙に行っても無駄だから行くな!」ということを言いたいわけではなく「若者が選挙に行けば全部解決!というのは違うよね」という問いを呈したいだけである。民主主義において民意の反映をさせるためにも選挙は選挙で大事なプロセスなので、これ自体を否定しているわけではない。

他方で、客観的な事実として少数派となる若者に対して、多数決で決める選挙というゲームにおいては戦略的に勝ち目が薄いというのは事実なわけである。

なので、ゲームを変えればいいのである。

そもそも選挙の最終目的は民意の反映である。国民1人1人の声なんて聞いてられないので間接民主制として代表者を選挙で選んでいるだけであり、最終的なゴールは国民の意見を立法や行政に反映させることだ。なので、民意反映の手段として選挙だけに頼るのではなく、別の手段で反映する力を働かせれば良いのである。

そのやり方の1つとしてはデモ活動があるだろう。しかし、日本においては、過去に起こした大規模なデモはどれも不本意に終わってしまい、「やっぱり今回もダメだったか」という空気が流れてしまっていることで、デモ活動に関していささか冷ややかである。これを覆すような、それこそ香港とかでおきているような大規模デモを現在の日本で起こすのは現実的ではないだろう。

もう1つはSNSの力である。ネット社会が双方向のコミュニケーションツールとなったことで、国民1人1人がたやすく発信できる社会が構築された。これを活用して民意を主張していくのである。「そんなことやっても、ネット上のやり取りでは国は動いてくれないのでは?」と思うかもしれないが、5月に起きた「#検察庁法改正案に抗議します」のムーブメントにより、実際にこの法改正が延期となっている。このときは芸能人がこぞってこのタグを発信したことでムーブメントが発生し、これはこれでポピュリズムに陥ってしまいそうではあるが、ネットムーブメントが民意反映の手段として成立することが証明された事例の1つであると考える。もう何年か前の話であるが「保育園落ちた、日本死ね」のブログがきっかけにして起きたムーブメントもそうであろう。

 

テクノロジーが進化し、情報化やグローバル化が進み、目まぐるしく変化しているこの時代だからこそ、民主主義のあり方も変えていく必要が出てきたのかもしれない。選挙だけではない民主主義が求められていく時代が来ているのだろう。