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三井住友信託銀行の議決権行使の集計誤りがヤバすぎる件について解説する。

奴隷の歴史をまとめるといったはいいものの、書いていくうちに思いの外壮大になってしまいそうなので頓挫してしまいそうである…。というわけで、久しぶりにニュースのネタを引っ張ってくる。あまりに衝撃的なニュースがあったので、これを書かずにはいられなかった。

 

三井住友信託、議決権集計1000社で誤り 総会議決に疑義も

www.nikkei.com

三井住友信託銀行が20年にわたって1000社分の議決権行使の集計漏れがあったということである。これは株式会社としての根底を揺らがす出来事である。

そもそも「株式とは」と聞かれてあなたは説明できますか?

「株式ってなんか価格が上がったり下がったりするギャンブルっぽいやつでしょ?」と思っている人は、以降、この記事を読む必要は無いだろう。

改めて株式とはなんぞやというのを考えた場合、定義としていうのであれば、企業に対する出資の見返りとして、その企業が生み出した利益から配当を受け取れる権(券)である。つまるところ、利益分配権(券)とも言うべきであろう。

そして、利益をもらうからには、その利益がもらえるようきちんと経営しているかが気になってくるわけで、株主は経営に口出しをすることができる。とはいっても、一般的な株主が都度経営業務に携わるようなことは現実的には厳しいので、取締役を選定して実務はそちらに任せるというスタイルをとる。つまり、誤解を恐れず端的に言ってしまうと株主というのは、金は出してその会社の所有者になります、経営はあんたたちでうまいことやってください、利益はもらいます、という人たちである。(これを「所有と経営の分離」という。)

とは言うものの、全部が全部経営を任せるというわけではなく、重要な決定事項については、株主の同意のもと決めていく必要がある。例えば今年はこんだけ儲かったので配当はこんだけ出しますとか、新しい取締役は誰々にしますとか、M&Aでどこぞの企業を買収しますとか、こういった重要事項を決める会合を株主総会という。

この時、株主は決議に対する承認・非承認の賛否を投票することができ、これを議決権という。1株につき1議決権をもつことになるので、多くの株を持つほど、賛否の影響力が大きくなる。もし、発行済株式総数のうち50%以上(過半数)の株式を持てば、自ずから多数決で決議を決められてしまうことになり、事実上その会社の経営をコントロールすることができる。この時、株式を握るほうが親会社となり、握られる方が子会社という関係が成立する。

いずれにせよ、この議決権を行使することが、株主として意見を表明できる機会であり、この議決次第では当然経営方針も変わってくることになるため、株式会社における根幹ともいえるイベントなのである。少々強引なたとえだが、国の方針を決めるためのイベントが選挙であるならば、株主総会はその会社版とも言えるだろう。

 

信託銀行の役割

そして今度は信託銀行についてである。そもそも信託銀行ってなんやねんというのが一般的な理解であろう。普通の銀行と同じような融資業務もしたりしているので、ますます区別がつきづらいのだが、これも誤解を招く表現だがざっくり言ってしまうと、「現金以外の管理もする銀行」である(※これを信託業務という)。現金以外というのは、いわゆる株式のような有価証券だったり、土地のような不動産や、大金持ちが投資するような絵画なども管理対象である。

そして、この世の中において最も投資活動を行っているのは、そこら辺の金持ちではなく、年金運用をする機関投資家(=会社として投資している人たち)である。国民年金にしろ、厚生年金にしろ、企業年金にしろ、単にかき集めた現金をそのまま配布しているのではない。長期的に渡ってその現金を有価証券に投資して運用し、安定的に増やすことで、将来的に払うための原資としているのである。そしてその資産運用はその道のプロである運用会社(アセットマネジメント)にて行っている。

ただし、運用会社は投資のプロである一方で、やはりそこは人間、運用するためにかき集めた現金を持ち逃げしてしまったり、ずさんな管理がされないよう、その現金、およびそれによって運用する株式などの有価証券を第三者が厳重に管理する必要がある。そう、その第三者というのが信託銀行である。

 

議決権行使業務

さて、そんな投資のプロの運用会社であるが、数億とか数十億とかそういう規模で投資をするので、当然そこで扱う有価証券数もとんでもないことになる。ここで、株主総会の時期がやってくるとどうなるか。保有している銘柄分だけ、株主総会に向けた議決権の表明を行わないといけない。特に最近はアクティビスト(=物言う株主)といった言葉もある通り、不正な利益を上げるようなことをしていないか、報告すべき事項が報告されているか等々、きちんと株主が経営をチェックをする重要性が高まっている。(これをコーポレート・ガバナンスという。)

そして例えば株式について、運用会社で投資している株式は基本的に上場している銘柄であればその大半は保有しているはずで、そうなると数千銘柄のレベルに達する。ここで、その株式そのものは誰が実際持っているかというと、先述の通り信託銀行なのである。そのため、投資のプロである運用会社の人が「この議案は否決だ!」とか「役員は誰々にしろ!」といった議決権を表明しても、それを実際に株主総会に提出するのは、あくまでその株式を保有している信託銀行なのである。ここで、信託銀行において集計・提出する事務作業(=議決権行使業務)が発生する。

議決権行使までのスケジュール

議決権行使までのタイムスケジュールは以下の通り

~2週間前:企業から株主総会の収集通知発送→信託銀行にて受領→各運用会社に発送
~1週間前:運用会社から信託銀行へ議決権行使の指図を実施
~5営業日前:信託銀行にて受領・集計→議決権行使書を企業へ送付
当日:株主総会実施

これを見て分かる通り、運用会社が議決権行使の指図をするための時間は1週間程度。そこから信託銀行が対象企業へ議決権行使するための時間は数日程度

日本の何千とある上場企業、そしてその大半は3/31決算である。(上場企業の7割ほどがそうらしい)。当然決算日が同じであれば、その後の株主総会の開催日もだいたい同じようなスケジュールとなってくるので、つまりそれだけの数の議決権行使業務が一気に降り掛かってくることになる。*1数十社の運用会社から指図される数千企業分に及ぶ膨大な量とそれをやりきるスケジュールがかなりタイトであるというところが問題なのであろう。システム的に接続して集計してくれるプラットフォームもあるのだが、まだまだ手作業が残っている現状のため、人手でカバーせざるを得ないようだ。(システム使っていたとしても数千レベル企業の議決権行使を1週間そこらでやりきるのはキツイ…。)

以上を整理すると
  • 株主側は会社の所有者としてその経営に携わるための権利が侵害されることになるという、株式会社という組織運営の根底にヒビを入れてしまう影響。
  • 事務処理側は日本の商習慣により決算日が一極集中していることで、タイトなスケジュールで業務をやりきらないといけない高負荷な業務。

前者については、スチュワードシップ・コードだとかESG投資だとかで、株主から企業経営側への参画意識が昨今特に重要視されている中で、今回のような議決権行使の漏れがあるというのは、日本の健全な経済発展において少なくないダメージを与えてしまうことになる。議決権行使が通らないことで、企業に対する株主の要求が無視されてしまう、という恐れだ。(少なくとも今回のニュースになった企業では、決議がひっくり返るレベルでの影響は出なかったということだが。)

他方で後者においては、かなり短い期限に対して膨大な事務処理をしないといけない仕組みや、それに対するシステム化の推進が進んでいないことが徐々に徐々に積み重なり、ここにきて沸点に達してしまったのだろうか。このニュースを受けて現場はそのフォローで大変な思いをしていることだろう。過去20年にわたって集計をミスっていたということで、訴訟問題や金融庁案件にも発展してしまうのだろうか…?

この業界においてはフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)という考えが近年ホットな話題なのだが、本件はまさにそのフィデューシャリー・デューティーができていないということになるだろう。今後の信託銀行での業務効率化や商習慣の見直しが問われていくきっかけとなる事件に違いない。

 

*1:数十社とか数千とかは個人の想定であり、実際の数値は不明である。